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交通の発展に関する問題

2022年 慶應中等部の問題です。

江戸時代から現在までの交通の発展について述べた次の文章を読み、各問に答えなさい。

 江戸時代にな’ると、徳川家康は、それまでに形作られていた街道網を生かして、五街道と、そこから遠方へと続く脇街道の整備に取りかかりました。街道沿いには( あ )を認定し、旅人達が泊まれるようにしました。また、旅人達の目印となるよう、距離を示す( い )が作られた他、道沿いには松や杉の並木が植えられました。当時の人々の移動手段で最も多かったのが徒歩で、他には馬や( う )が使われました(ア)江戸の防衛のために各所に関所を設けた他、東海道では、主要河川には橋を架けず、船または徒歩で渡るようにしていました。
 明治になると、近代化を推し進めるため、政府は民間の力も併せて、鉄道を整備していきました。関東地方ではヽ特に(イ)埼玉・群馬・栃木の北関東地方と、東京および横浜を結ぶ路線の建設に力を注ぎ、早期に開通させました。こうして、これまで船に頼っていた大量の物資の輸送が、陸の土でも行えるようになりました。また、都市内部での人々の移動手段として、多くの大都市で( え )が次々に普及しました。一方、日本には古代から明治に至るまで、( お )の文化がなかったことから、道路の整備は、鉄道に比べあまり進みませんでした。
 太平洋戦争の終結後、戦後の復興と発展のため、新たに大規模な交通政策がほどこされるようになりました。特に、1950年代以降、それまで少なかった( か )が急速に普及し始めたため、遅れがちだった道路の整備が進みました。国道を皮切りに道路の舗装が急ピッチで進められた他、1960年代には(ウ)高速道路の建設も始まりました。こうした流れの中で、これまで大都市内部の中心的な移動手段であった( え )は、交通渋滞を引き起こす原因になることなどから次第に姿を消し、代わって( き )が建設されることが多くなりました。
1964年には、東海道新幹線が完成し、その後昭和から平成にかけて、全国に新幹線のネットワークが広かっていきました。

問1 ( あ )~( き )に当てはまるものを選びなさい。
1 一里塚   2 かご   3 自動車    4 宿場     5 人力車
6 地下鉄   7 馬車   8 路面電車   9 路線バス

問2 下線(ア)について、江戸の防衛のために、武器を江戸に持ち込ませないことや、江戸に住まわせている大名の夫人たちを勝手に領国に帰らせないようにするための、関所の役割を表した言葉に、
「( A )に( B )」
というものがあります。( A )・( B )のそれぞれに当てはまる言葉を答えなさい。

問3 下線(イ)について、政府が北関東地方(特に群馬県)と東京・横浜を結ぶ鉄道を他の路線に優先して建設した理由を、20字以上50字以下で説明しなさい。

問4 下線(ウ)について、関東地方では、まず東京と地方を結ぶ高速道路が東京を中心に放射状に建設され、続いてこれらの高速道路どうしをその途中から環状に結ぶ高速道路が建設されました(下の図を参照)。このとき、環状高速道路が建設されたことによって東京の都心部の環境が得る利点を、20字以上50字以下で説明しなさい。

【解説と解答】
問1 街道の整備とともに宿場の整備が進みました。途中街道で距離を示したのは一里塚です。道中、馬やかごが使えるようにして、旅がしやすい工夫もなされました。明治に入り大きな都市では路面電車が使われるようになりましたが、馬車の文化がなかったので道路の整備が進みませんでした。太平洋戦争後、自動車の普及に伴い道路整備が必要となり、高速道路も普及しました。一方で路面電車は渋滞の原因とされ、地下鉄へと置き換わっていきます。
(答え) (あ) 4  (い) 1   (う) 2  (え) 8 (お) 7   (か) 3   (き) 6
問2 入り鉄砲は江戸に武器が入ることを、出女は参勤交代制度で人質となっている大名の妻などが江戸を離れることを指します。
(答え) (A) 入鉄砲  (B) 出女
問3 北関東は生糸の生産地です。消費・輸出の中心である東京・横浜を短時間で結ぼうとしました。
(答え)生糸の主要な生産地である北関東と,消費・輸出の中心である東京・横浜とを短時間で結ぼうとしたから。(48字)
問4 都心部に入らずにすむことで、騒音や排気ガス、交通渋滞などの問題を減らすことができます。
(答え)環状道路を利用することで都心部に入る自動車の数が減り,騒音や排気ガスや渋滞が減ること。(43字)

海外からの慶應受験の具体的な進め方

ここ2年、コロナ禍で帰国のタイミングが難しくなってきました。

どのタイミングで帰国し、どう準備するかはなかなか微妙で、昨年は12月前に帰国した生徒が隔離中にオンラインで湘南の作文指導や算数指導を受けました。

1年早く帰国して、地元の小学校に戻り、指導を受けた子もいますし、秋に帰国してそのまま学校に行かず、ずっとオンラインで指導を受けた子もいます。

秋に帰国した子はアジアからの帰国でしたので、帰国前からずっと現地でオンラインの個別指導を受けていました。

フリーダムオンラインの個別ワークスで、テレビ会議ZOOMとWEBワークスを使って、カリキュラム通り学習し、夏休み以降は過去問中心に学習が続きました。

現在、慶應の帰国枠は慶應湘南しかありません。

受験内容は4教科か算数・国語・英語の3教科を選ぶことができます。ただ4教科の試験にしても、帰国の算数・国語にしても一般枠の問題と変わりがありませんので、一般枠と同じレベルで勉強を続けます。

それがコロナ禍でも可能だったのは、早くにオンラインに切り替えることができたからでした。ただ、ZOOMがあっても実際に指導をするのは難しかっただろうと思います。

WEBワークスがあり、その中で動画授業やWEB問題集、学校別バインダーなどを担任が指示して勉強できたから、スムースに進んだのであって、ただZOOMでつないでも教材の共有も難しければ、進捗状況の把握もなかなか大変だったでしょう。

その意味で、現在使っている個別ワークスの仕組みはオンラインでもかなり実践的な受験勉強ができていると思っています。今年慶應湘南の一次試験の帰国枠に合格しましたが、早くから首都圏の生徒と同じレベルの学習を続けてこれたからだと思います。

現在、WEBワークスは無料体験ができますので、ぜひお試しください。海外ばかりでなく、地方からでも首都圏と同じレベルの受験勉強が可能です。

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慶應湘南2022 作文の出題について

2022年慶應湘南の国語の問題です。例年湘南は最後に100字~150字程度の作文を課します。これまで進学館でもいろいろな題材を練習してきましたが、今年の問題は「なかなか」でした。
今年は社会の問題でも、小学生にいろいろな考えを求める問題が多かったのですが、これもその一例でしょう。

ただ、覚えるだけではなく、自分で考えて、自分で表現する、というところが求められてきているようです。

以下、問題です。解答例は出しておりません。

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

 2021年オリンピックーパラリンピック東京大会で、日本のソフトボールチームは金メダルを獲得しました。そこで興味深い一戦があったのを覚えている人はいるでしょうか。それは《勝っても負けても結果に影響のない試合》です。
 ソフトボールの決勝・3位決定戦進出ルールは、《参加全6か国で予選リーグをおこない、その上位2チームが決勝戦に進出し、3位と4位のチームが3位決定戦に進出する》というものでした。では、何
か起きたのか説明するために、日本チームの結果を見てみましょう。

  予選リーグ第1戦  日本 8対1 オーストラリア
  予選リーグ第2戦  日本 3対2 メキシコ
  予選リーグ第3戦  日本 5対0 イタリア
  予選リーグ第4戦  日本 1対0 カナダ
  予選リーグ第5戦  日本 1対2 アメリカ
  決勝        日本 2対0 アメリカ

 この通り、ソフトボールチームは全勝優勝したわけではありませんでした。実は、第4戦終了時点て決勝に進出するのは全勝同士の日本とアメリカだと決定していました。つまり、予選リーグの第5戦は、偶然決勝と同じ顔合わせでありながら、試合が始まる前からくどちらの国が勝っても負けてもその後の対戦相手に変化がない試合》となったのです。(3位決定戦はメキシコ対カナダでした。)
 いずれにせよ、日米両国にとって肝心なのは決勝を全力で勝つことだけなのです。「第5戦」を取ったアメリカにも優勝のチャンスはもちろんありました。しかし勝ち続けるのは難しいことです。実際アメリカは6連勝できませんでした。
 こう考えると、事後あまり顧みられることの多くなかった「第5戦」ほど、どう心がけたらよいか絞りにくく、複雑な試合もありませんでした。
 このコントロールしにくい「第5戦」はどう戦うのが正解なのでしょうか。

問 あなたがもしもこの「第5戦」日本チームの監督と同じ立場に置かれたら、この試合にどのような方針で臨みますか。また、その方針を試合前の選手に何と伝えますか。一四〇字以内で述べなさい。

  ※ 原稿用紙の使い方に従って書くこと。ただし、一マス目から書き始め、改段落はしないこと。

計算をがんばろう

2022年慶應中等部の問題です。

計算練習、面倒ですがやはりコツコツと続けましょう。

太郎君、次郎君、花子さんの3人の家は、学校までのまっすぐな一本道に面しています。太郎君、次郎君、花子さんがこの順にそれぞれの家を出発して、学校までの道をそれぞれ一定の速さで歩き、学校に行きました。右のグラフは、太郎君が家を出発してからの時間と、太郎君と次郎君の間の距離の関係を表したものです。次のア~オに適当な数を入れなさい。

(1)次郎君が歩く速さは分速ア$\frac{イ}{ウ}$mで、次郎君の家から学校までの距離はエmです。

(2)太郎君が家を出発してから7分後に花子さんは家を出発し、その5分後に花子さんは次郎君に追い越されました。それからさらに10分後に、花子さんは太郎君に追い越されました。花子さんの歩く速さはア$\frac{イ}{ウ}$mで、花子さんの家から学校までの距離はエ.オmです。

【式と考え方】
(1)
最初の5分間で565-150=415m距離が短くなっているので、太郎君の速さは
415÷5=83mです。そこから29-5=24分で650-150=500m増えているので、500÷24=20$\frac{5}{6}$mが太郎君と次郎君の分速の差になるので、次郎君の分速は
83+20$\frac{5}{6}$=103$\frac{5}{6}$mです。次郎君は24分で学校につくので次郎君の家から学校までの距離は103$\frac{5}{6}$×24=2492m
(答え)ア 103 イ 5 ウ 6 エ 2492

(2)花子さんが次郎君に追い抜かれたのは、太郎君が出発して12分後ですから、次郎君が出発してから7分後です。花子さんが太郎君に追い抜かれたのは太郎君が出発して22分後です。太郎君の家から次郎君の家までは565mで、次郎君が花子さんを抜いたのは次郎君の家から103$\frac{5}{6}$×7=726$\frac{5}{6}$m、太郎君の家から565+726$\frac{5}{6}$=1291$\frac{5}{6}$mです。一方太郎君が花子さんを抜いたところは83×22=1826mですから、花子さんは10分間で1826-1291$\frac{5}{6}$=534$\frac{1}{6}$m移動するので、花子さんの分速は$\frac{3205}{6}$÷10=53$\frac{5}{12}$m。

次郎君が花子さんを追い抜いたのは学校から2492-103$\frac{5}{6}$×7=1765$\frac{1}{6}$

それまでに花子さんは53$\frac{5}{12}$×5=267$\frac{1}{12}$m移動しているので、花子さんの家から学校までは1765$\frac{1}{6}$+267$\frac{1}{12}$=2032.25mになります。

(答え)ア 53 イ 5 ウ 12 エ 2032 オ 25